2018年2月19日 (月)

0234日テレ!モチトピフィギュアスケ

0234日テレ!モチトピフィギュアスケート羽生結弦演技後の花に秘密羽生結弦のものまね芸人羽生ゆずれないがモチトピを紹介。国内の大会で投げ込まれる多くの花。こ

2018年2月18日 (日)

変化の時なのかな


なんか、びっくりさせちゃって、ごめんなさいね。

メッセージやメールをくれた方、本当にありがとうございます。
私も、伴侶もすごく元気です
記事は、ちゃんと理由があって、整理というか、断捨離というか、
エネルギーを絶ったというか。

実のところは、伴侶がね、今ちょっと頑張り時で()

しっかり支える必要があるんです。
私のエネルギーは、伴侶あってのエネルギーで、
二人で足りない分補いあっているので、どちらかが色を外に余計に使うと、その分を伴侶に向けられないんですよね。

伴侶に集中してエネルギーを向けるための、ちょっともう、背に腹変えられなかったです。
これは伴侶がちょっと踏ん張りい足りないところ。

しっかりしてくれよもう。

神様のお手伝いって、一人でどうにもならなくて、私達二人でじゃないと、ダメなところがあります。

投げ出してやろうかーー!と、思いたくなる日もありますけれど、

二人共、なんだかんだ協力しつつ楽しくやっております。

それと同時に、私この数日、目が、見えなくなってきていまして。

変化かなあと。
何年か前にも一度あったのですが、

こちらのものと、焦点があわなくて、何を見るにもピントが合わないんです。
このブログの記事を書くのに、文字が読めないんですね(笑)
時間がたてば元に戻りると思いますが。

というわけで、一旦整理します。

そのうち書くと思いますので、

その時はまたどうぞよろしくお願いします。

いつもありがとうございます。

宇野昌磨君目がクリクリしていて小動物の

宇野昌磨君目がクリクリしていて小動物のよう。小動物昌磨小栗鼠みたいと思っていたら。ゆづは昌磨君の事ワンコと思っていたのね羽生結弦宇野昌磨羽生結弦選手4回転アクセル挑戦明言宇野昌磨は弟分と言うよりワンコホントにかわいい年2月18日

かっぱカッパ河童あぁ河童

甲羅が背中だけで、お腹が守られてないのはおかしいから、ひょっとするとカッパは実在しないんじゃないかしら。

2018年2月17日 (土)

つらさはそろそろ甘くなり落ちる証拠 そしたらそのグラスに入った花びらジュースやさしくなるから しあわせの味がする

羽生くんと宇野くん、素晴らしい結果なの

羽生くんと宇野くん、素晴らしい結果なのは同じなのにメンタルの所以の違いがおもしろいww圧倒的負けず嫌いvs掴み所のないマイペース天然

2018年2月16日 (金)

ツイッターだと俺の一押しボーヤンジンの

ツイッターだと俺の一押しボーヤンジンの事が好きな人を結構見かけることが出来て俺は嬉しいぞ!ハンヤンの事もよろしくな!日本勢も応援してるぞ!スケート推しが沢山いて楽しい!

アウトローありがとう、トニエルドマン

この単独記事にて選ばれ、書き綴る映画は
どんな映画が当たろうが、最低でも2回は
鑑賞するようにしていたりする。

が、しかし、今回の映画を立て続けに観るのは
正直、しんどかっただってさっ!
2時間40分もあるんだものっ!!型、
無差別鑑賞感想ブログ記事
蒲田の呑兵衛の看板背負って
歩いてみせます、キネマの天地
そう、ヤツの名はアウトロー
知らなかったんだよなぁ遠目
こんな長い映画だったコトをさらに遠目
てなワケで、今回の映画はコチラ
ありがとう、トニエルドマン
お世辞にも有名な作品ではないのでしょうが、今年の初めにレンタルされた作品で若干興味があったんで借りてみようと、へ乗り込み、探してはみたものの、どこにも見当たらず店内の検索マッシーンで検索したらば、見つかりはしたんですが、たったの2枚しか在庫がなかったという新作でゴザイマス。
さあて、今回は2時間40分もある映画の感想ゆえ、この記事も長くなりますよ単なるイヤガラセっ!?。
ではまず、序盤のあらすじから
陽気でワルふざけが大スキなドイツ人ィンフリートはルーマニアで暮らす、ひとり娘のイネスとの親子関係に悩んでいた。
コンサルタント会社で働くイネスは、たまに会っても仕事の電話ばかり待っているか、通話していて、ロクに会話もできやしない。
そこで、ィンフリートは愛のままにワガママにブカレストまでイネスに会いに行く。
ィンフリートの突然の訪問にイネスはかなり戸惑いながらも、どうにかこうにか数日を共に過ごし、ィンフリートはドイツへ帰るが、しかし、次はトニエルドマンという別人になりすましたィンフリートがイネスの前に現れる。
てな、あらすじでゴザイマス。
今作ありがとう、トニエルドマンの描き方はドキュメンタリー調といいますか、リアル志向であり、終始手持ちカメラであまり動かしすぎぬよう、割と自然に撮られていて、作中の現実音として流れる以外の音楽はそのドキュメンタリー調且つ、リアル志向であるため、ドラマを盛り上げるような、いわゆる劇伴は流れない。
前回のアウトローで扱ったセールスマン同様、作品のテーマが夫婦と父娘の関係で違えど物語が生易しくないのは一緒似たような見せ方の映画になっているなんて思ったんだが、逆にこのような作りこそが人間ドラマとしての映画の本質なんだと、ジワリ再認識。
役者陣の演技も限りなく自然な方向で、ホントにその場で起こっているコトをそのまま映し撮っているような、ドキュメントでもあるような、というリアルな感じで話が進む。
ジャンル的には人間ドラマでもあり、基本はコメディ映画なんだろうけれど、アメリカや日本のコメディではおなじみのわかりやすく親切にエンタメ化されたコメディではない。
まず、ィンフリートの振る舞いに、笑えない箇所が多あるが、ワザとそういう風に芝居をさせているんではないか、と。
ずっと、リアルに話は進んでいくんだけれど、中盤でも良し悪しはあるとしても見せ場はあるんだけれど、クライマックスではあっ!って、見思わず声をあげてしまうような、リアルな日常みたいなものから飛躍するような行動をある人物がとる。
それもあくまで、リアルな話の枠の中でその飛躍的な行動とか出来事が起こるので、余計にビックリするというか見る人が見たらショッキングでもあるホントにそのようなビックリする事が起こったように見えて、あっ!って、なるという感じ。
そんな飛躍的行動をその人物が取ったコトで、それまでのリアルな日常の水面下に見え隠れしていたような、人間関係のある種の欺瞞だとか軋轢みたいなものが、その飛躍する行動によって、加速度的に新たな動きをみせる。
それを打開と言っていいのかは?なのだけれども、新たな動きに向かっていくような明確な演出になっている。
手持ちカメラで撮り、劇伴もないが、作中で流れる現実音としての音楽は、その実、選曲の仕方とかが話の上で非常に大きな意味を持っていたりするんだが、フィクションとしての音楽は最後のエンドロールまで流れない。
それでも、シュールとしか思えない日常から飛躍するような突拍子もなく、かなりブッ飛んでいる芝居と演出が特に終盤に向け、グイグイ加速していく。
普通の映画なら、こんな飛躍が起こったら、それがクライマックスのピークであるハズなのにそれをさらに上回る飛躍が何段階も用意されている。
だからして、何段階も
あっ!
あぁっ!
ぬぅおっ!
あっちゃっ!
うぅー、おっわっちゃーーーっ!!
何度も声を出しちゃいましたよ、オレ。
そのような日常からの飛躍が何個も数を増すごとに派手になっていく。
もしもありがとう、トニエルドマンを鑑賞する人がいるのならば、オレと同じ思いをして頂きたい。
出来るだけ真っさらな状態であっ!と、声をあげても頂きたい感想書いて、内容に触れてるクセしてよく言えるな?。
のパッケージとかは見ないで借りたほうがいいし、少なくとも見ないのはムリだとしても、あまりそこに写っているモノとか、書いてあるモノがなんなのかは気にしないように余計すぎるアドバイス以上にネタバレ気味な画像を貼ってんぢゃねーかっ!?。
知らぬが仏な気持ちで見たほうが、新鮮にクライマックスからの展開に一驚できますから。
てなワケで、こっから先は決定的なネタバレは目立たぬように、はしゃがぬように書いていく所存ですが、さり気ないリアルな会話の端とか、チョイとした表情とか目線の変化だのといったところから多くを物語るのがホントに上手で、直接的なセリフに頼らず、いろんなコトがわかるし、いろんなコトが見えてくる。
登場人物が置かれている状況やこれまでの人生といった、そのようなシチュエーションを描きつつも、1番に描いているのは人間関係。
当然、主となるのは父と娘の話なのだが、それなりの年齢になったひとり娘の簡単に割り切れない人間関係を実に巧妙に描いている。
父であるィンフリートは世間から外れた価値観っていうものをいまだに押し通しているような人物で理想主義的なところが残っている父。
タンシュー大スキ邦画葛城事件の父葛城清三浦友和がサイテーなんだけどけれどもサイコーっ!!にもし、あれだけのィンフリートトニエルドマン級のユーモアさがあれば、どれだけウザがられても、あそこまで悲惨な事にはならなかったかも?
閑話休題
イネスの仕事関連の話での権力構造。
仕事関係の間で浮かび上がるあ、ヨーロッパでもやっぱ、こういうところは根深くあるんだなと、いうような性別差別構造。
その辺りの脚本や演出に演技も注意深く練られているのは最後まで見ればわかるハズ。
事実上の主人公イネスがバリバリと仕事をこなしながらも絶えず感じていて、溜め込んでいるストレス。
そのストレスの、おそらくこれが源であろうという部分が説明セリフなどではなく、イネスを演じたサンドラフラーさんという女優さんが非常に複雑極まりない感情が去来する役柄を物の見事に体現している。
イネスが現状、感じているコトでさえ、単に悲しいワケでも、単に腹立たしいだけじゃないんだという難しい役柄を演じきっているというよりも、まさに名演。
サンドラフラーさんの名演を見ているだけでも面白いですよ、この映画クッキーかケーキだかに白いあるモノをかけられ、それを食すシーンはさすがのアタクシも引いたっ!?。
途中、イネスが色と散な事があった挙句、ついに!このシーンでのイネスはカメラに背を向けた状態なのである。
そこでついに背を向けたまま、泣くのだが、大げさに盛り上げていない分、カメラに背を向けてついに、耐えられないという感じで、むせび泣くなんてシーンは切実さも相まって秀逸な演出としか言いようがない。
クライマックスにて、先述したような飛躍が来るワケですが、そんな飛躍を予感させるようなやっぱ、この父にしてこの娘ありだなって、いうような、ブッ飛んで資質があるぞはといえ、この父と娘は似ているのかも?と、いうところもチョイチョイ予感させるようなバランス性もまた良し。
一方の父ィンフリートさん。
冒頭の登場シーンからして、ウザメンドクサさ全開で、現実にこんなオヤジがいたら絶対に嫌であるどっかの呑兵衛にも通じる!?。
そんなィンフリートさんが、入れ歯をつけたり外したりっていう描写だけでウザい。
汚ねえなぁ、なんだよその入れ歯っ!
つけたばっかなのに、もう外すのかよっ!
と、画面にツッコミを入れてしまいましたぞ。
ただね、このィンフリートさんを描くにあたって、いくらでも万人ウケもしつつ、わかりやくコミカルなキャラクターに描けたハズだからして、その結果、わかりやすいコメディ映画ありがちなエンタメ作品といった安易な着地に落ち着いてしまいそうなところを人物のリアルな存在感や心情を優先させるという、なんといいましょうか、その作品に対しての真摯さとブレのなさを取ってみてもありがとう、トニエルドマンはオレの中で、愛おしい映画になりましたよいーや、まだまだ締めてやるもんかっ!!
で、このィンフリートはトニエルドマンという別人に成りすましイネスには、その姿を現してから正体バレバレホントにはた迷惑で、娘からすればこうも思われる存在。
私のキャリアをメチャクチャにする気?
私の一生をもメチャクチャにする気?と、
あちこちに図しく現れては娘を混乱させるお父さんなんだが、ある夜、娘の荒れた心情っていうのを目の当たりにしてしまい、ショックを受けてしまう。
暗い部屋でションボリしているその件とか、どれだけ奇っ怪な行動を取っていても、その根幹には娘を思う親心心情があるんだって視点もシッカリとブレずに描いているので、トニエルドマンの行動言動の内からくる、おどけそのものは笑えなくても構いやしない。
むしろ、トニエルドマンという存在は彼が意図していない、気マズいコメディ描写の箇所で面白いのであり、彼のギャグそのものはおかしくともなんともないんですよ、ええ。
今作のいろんな微妙なところを伝えるのが上手いという意味では、イネスが勤めているコンサルタント会社の上司や同僚、あるいは大手石油企業の人たちってのは、さり気なく、でもやっぱ、露骨に性差別的だったり、資本主義の非情さとでもいうか、非人間かのような論理を振りかざしてきたりだとか、チョイチョイ嫌なものの象徴として描かれている。
それと、英語とドイツ語が交互に飛び交う、言葉のやりとりなんてのもワリと今のヨーロッパ情勢ってこんな感じなんじゃね?なんて思えたりもしてスゴく面白かった行ったコトもねークセして、よくも言えるな、と
その英語とドイツ語が飛び交う会話の塩梅が非常に興味深くて、その会社の人たちも必ずしも単純化したかのような単純な悪として一緒くたに描こうとはしていない。
そういった、わかりやすい人物構成や図式化を避けているところなんてのに、この映画を大人だわぁと、感じる。
逆に言うと?
坊ちゃん、嬢ちゃんがキャッキャッ言いながら楽しむような愛だの恋だの正義だの悪だのみたいな邦画は言わずもがな、ハリウッド映画などにも多ある、親切な話法。
要するにこの人はこういう人、この人はこういう人っていうのがハッキリしている親切な話法と比べてしまうと、ある程度は集中して画面はもちろん、登場人物の表情や心情を読み取るコトも要求される映画ともいえる。
このような言い方もどうかと思うが、そこんところはそのつもりで鑑賞しないと、なんの話をしているのかが、てんでワカランっちゅう人がいても、なんらおかしくはない。
いつまでも記憶や心に残るかのような、名シーンがたくさんある映画なんだけれども、それこそがヤバすぎなネタバレポイントなのでここいらで、をつけましょか?
いやいやいや、まだまだまだ、書き足らんよ
ちゃんとした見どころポイントを全然、綴っちゃいないからねっ!!
父ィンフリートからトニエルドマンへの本格的なキャラチェンジが成される中盤。
まずココが、最初にあっ!って、言っちゃうポイントである。
絶妙な角度且つ、後ろに何かモゾモゾとした人がいるのだけれど、コチラが予想だにせぬ距離の詰め方でガッと来るからしてあっ!と、なってしまう。
でもって、ひとしきり気マズすぎる会話を交わした後、画面の奥の方で机をガタガタ、ギーギーやっていたりするのなんざ、真にリアルないたたまれなさで、逆に笑える。
まあ、このありがとう、トニエルドマンを借りてまだ鑑賞する方は少ないであろうからして、こっからは大きなのは避けるようにはしますが、若干のネタバレいきまっす!!結局はすんのかよっ!?
娘イネスの心が解放されていく飛躍ポイントというのが終盤に向けて3段構えくらいで用意されている。
要するに、サービス満点な映画でもある。
第1段階は、去年このブログでも単独記事で書き綴ったシングに、かなり近い歌の力ともいえるシーン。
ここでの選曲の妙とでもいうか、ハマり方。
元ある、この名曲をオレはスキでして、ね。
物語や心情とのシンクロ率がハンパない。
父ィンフリートは元音楽教師で、序盤のシーンにて最後の教え子にも去られている。
そんなィンフリートとイネス親子は過去に、この歌を歌って、それが家族の団欒でもあったのであろうなんて浮かび上がってきたりもしてジーンと、なりつつも、その演奏と歌唱力に鳥肌も立つという名シーン。
普通ならば、十分このシーンでクライマックス足り得るのだが、さらなるクライマックスってのが待ち受けているワケだ。
上司に同僚や友人を招いて自身の誕生パーティーの準備をしているイネスなのだけれども、ここまで映画を見ていれば言わずもがな、見ていなくともチョイとはこの記事でわかるようにわかるよねっ?いろんな事が上手くいかなくて、だんだんとイライラが累積していく。
そこでの、イネスを背中からとらえた撮影と演出が、まあ、エロいやいや、エラい!!
そのカットではイネスの表情はいっさい映さないんだが、背中を見るだけでわかってしまう。
背中だけでイライラが溜まっていく様がわかるような演出で、ついにその一線を越えた瞬間、誰もが口あんぐりになってしまうか、ちょ!おまっ!?コレはリアルなオレの声のリアクションみたいな、笑っていいんだか、なんだかなな、スンゴイ展開が待っている。
普段は取り繕っている人物がついに逆ギレするという見せ方において、これ以上はなかなかないと言えてしまうほどの切なさと説得力。
イネスが社会における自分を演じるというのを一旦取り払い、演じてきた自分を捨てるのだけれども、その姿は違えど振る舞いは普段と変わらないってのがモロにおかしいんですが、ね。
そんな一線を越えてしまったイネスの試みによって、それまではよく見えていなかった人たちのコレぞ正しく、単色ではない本質が見える。
これまでは凄く嫌な人だと思っていた人だけれども、そうとばかりも言えない
こいつはやっぱり本当の友達ではない
あまりイネスが気にも留めていなかったある人のとっても良いところその人はあなたのことをよく見ていたんだよってな、ところが浮かび上がったりする
画面にて、繰り広げられている描写は滑稽であっても、その滑稽さが不思議と自然でもあり、面白いし、感動的ですらある。
さらに、こっから想像を遥かに?越えるあるモノが現れるマグノリアで有名なオチのカエルが降ってくるよりもビックリ!?
コレもまた滑稽且つ、不自然で笑えたりするんだけれども、それよりも悲しげ。
要するに、イネスの誕生パーティーシーンは同じ一連のシーンなのである。
少しづつ、少しづつ、醸し出す情感が変化していくという、アッパレな演出と演技。
特に絶賛すべきはあるモノが去っていき、イネスがそのモノの後を追いかけていく。
このシーンはドキュメンタリー調な撮り方をしているように見えるので偶然、映り込んだように見えるんだけれども、モノの後ろを少女が興味ありげに追いかけるワケだ。
その実、明らかにドキュメント調で撮っているのではなく、計算済みの演出だな、と。
イネスも幼少期にこの少女のように、お父さんのおどけとか、おフザけにキャッキャなっていた時期があるんだな、と。
その記憶と気持ちが一気に戻ってきたかのように、その少女が追いかけてくるところからのイネスがその少女を追い越してってな。
あぁ、映画を観てるなぁと、ジーンともグッともくるアツい演出。
でも、その後にマヌケなオチがちゃんとつくというバランスも素晴らしい。
ネタバレする気はビタイチなかったんだけれども、ここまで長文になれば、毒喰らわば皿までな精神で、ラストシーンの感想をビチッと書いて締める次第でゴザイマス。
今作のラストシーンにオレは1番グッときましたよ、ハイあぁ、映画を観てるなぁってなまたかよっ!?
最後の最後に父ィンフリートに娘イネスが、ある表情をする。
父とようやくわかり合えたなのに、悲しげでもあるイネス。
コレはオレの勝手な解釈なんで、右から左に聞き流してもらっても構わないんだが、まあ、聞けっての急にエラそー?。
父ィンフリートの言った過ぎ去ってから人生の大切な瞬間というのの、価値がわかるという、そのことそのものなんだな。
お父さんのコトを正面から理解仕切れる大人になった自分。
父のおどけに付き合って、なんなら父を喜ばせるリアクションを取ってあげている自分。
とどのつまり、お父さん、ウザい!の極致に思えた、あのルーマニアでの数日間こそ、最後の父と娘の日だったんだ、と。
あのルーマニアでの日はもう2度とは戻って来ないんだという成長した自分を顧みる事ができるコトは良いんだろうけれども、チョイとした寂しやに悲しさが残るような余韻。
そんな余韻を残す、あのラストがオレは心底スキですよ、ハイ。
さてさてさて、てなワケで、長長と綴ってまいりましたありがとう、トニエルドマンは10コ満点で?
いや、一丁追加で!

もう、個人的には絶賛なんだが、2時間40分という長い尺と現状、説明セリフ過多で客にその作品の意味をちゃんと理解できるようにしか作っていなく、それこそ接待しているとしか思えないようなハリウッドメジャー作やテレビ局制作の邦画を見慣れていたり、好きな方にはこの間は耐えられないでしょうな最後まで凄まじく上から目線!?。
リアルなんだけどシュール
コミカルなんだけれどシリアス
ホームドラマでもあり社会派
多層で豊かな味わいがあり、鑑賞後あ、コレ傑作じゃんてな、着地にもなり、オレの中でまた1本、愛おしい映画が追加されましたとさ、ってなワケで是非、オススメです。
最初に2時間40分もあるありがとう、トニエルドマンを立て続けに2回鑑賞するのはシンドイとかホザきましたが、いつもよりも多分に長文であろうこの記事を1回でも端から端まで読んで頂いた御仁のほうが、よっぽどシンドかったと思う次第であるからして感謝、感謝、そして感謝っ!!

2018年2月15日 (木)

脳内さんぽ。

初めての音楽でぬりえ

お二人のご参加で、
ものすごく楽しい時間となりました!
あまり詳しく書いてしまうと、
今後初めて来てくださる方のワクワクを、
奪ってしまいそうなので、少しだけ。
趣旨は、こちらです。
私の中での音楽でぬりえは、
音楽を聴いていただき、
頭の中でストーリーを追うことで、
色付けするという意味合いでした。
が、、、
弾いている曲の楽譜を見ながら、
感情やヒントをメモしていけたら、
ちょっと面白いかな?
くらいの気持ちで、
楽譜に鉛筆と色鉛筆を置いてみたら。
美術に精通する今回のお客様お二人、
楽譜に感じた色を乗せてみたり、
浮かんだシーンを描いてみたり。
アイディアがわいてくる様子は、
見ているだけでも面白く見とれつつ、
お二人の全然違う解釈の絵を元に、
こんな雰囲気の音がいいか。
もっと、切なく。
おどろおどろしく。
普通の日常の感覚の音で。
などなど、
お二人それぞれのイメージへ、
近い音を乗せていく。
お話しながら、
お互いのイメージを近づけていく。
この作業がたまらない。
ピタッときたときはゾクッとする。
うまい音が見つからないときは、
悔しくなるけど、燃える。
レッスンと違い自分で弾かなくていい分、
まっすぐイメージに集中できるためか、
要求が高度で繊細で、、燃える。笑
これは想像していたよりもはるかに、
私にとって面白い企画のようです。
色んな方に来てほしい。
絵を描いても、描かなくても、
お喋りしても、しなくても、
ただゆったり座って聴くだけでも。
どんなスタイルであっても、
同じ空間を共にするうちに、
自分一人で弾く音楽とは別物になる。
そんな気がする。
そのときにしか生まれない音楽を、
感じに来ていただきたいです。
曜日も時間も不定期で、
色んな生活スタイルの方に、
お会いできたらと思っています。
お一人でも、お子さまと一緒でも大歓迎です。
ぜひ気軽に遊びにいらしてください()
また次回の予定が決まり次第、
このブログ、Facebook、ホームページで、
ご案内させていただきます。
ちょっとだけ様子を。

手さぐりの初イベントに、
果敢に挑戦してくださったお二人に、
心より感謝です。
ありがとうございました!!

2018年2月14日 (水)

一応明日10連ガチャチケもらえるらしい

一応明日10連ガチャチケもらえるらしいからネギマテ削除せずに残してはいるんだけど、今後これが流行るビジョンはこの海のリハクの眼をもってしても

«バレンタインだねー